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「――――……新波さん」

呼ばれる名前に返答するかのように、差し込んでかき混ぜる指先を飲み込んだ彼の粘膜が、きゅうと締まる。数秒遅れて、小さく唸るような声が彼の口から零れ落ちるのが聴こえた。  慣れていない行為であることも手伝って、まだ硬く解れきっていないその場所を弄りながら、それでも硬直して張り詰めた彼の中心の熱に空いた指を這わせた。先端には透明な雫が漏れ落ちて、濡れた下腹は照度を絞った部屋の灯りを受けて、艶めかしくその動きに合わせて蠢く。根本から擦り上げた。びくびくと、彼のものとは別の意志が働くかのように、その熱は痙攣している。  潤滑剤と溶け合って、ぬるりとした感触を増していくその中を分け入って進むと、押し返すかのように指を包む圧迫感が強くなった気がした。せり上がるわずかな異物感に、彼が腰を引こうとするのが分かる。それを留めて、さらに奥へと押し込み、指先での愛撫を強くした。 「ぁ、あッ……ん……っ、ゃ」  仰向けになったベッドのシーツを、無骨で筋張った長い指が、きゅうと絞り上げるように掴む。シーツと肌が触れ合う微かな音は静寂を誤魔化すかのように広がって、それに、指と粘膜が擦り合わされる温い水音が重なる。彼のすべらかな肌にじわりと汗が染み出してしっとりと湿らせた。次第に湿っていくベッドシーツは沈み込ませた自分の膝から先の脚に纏わりつくようだった。  指先で捏ねるその周りの皮膚は蕩けきって、なすがままにただ愛撫を受け入れるだけになっていた。わずかな抵抗はまだあるけれど、それも自分では制御することが出来なくなっているのだろう。指の動きを知るように、彼は自分の一番心地の良い場所へと腰を蠢かせて、わずかにその締まった部分を捩って擦り付ける。 「ッんん……、もう、……っ」  抜いてくれ、指。あえかな呼吸の隙間に、恥じらいを含ませながらそう彼が掠れた声で囁く。それに、どくりと自分の熱が刺激されるのが分かる。奥に触れて指の腹で圧力をかけていたその部分を離そうとしたが、離れがたいとでもいうように感触はいつまでも纏わりつこうとする。振り切って抜き去ると、彼の中を潤して、同じ温度になった潤滑液の残滓がとろりと手のひらにこぼれ落ちて、シーツを濡らした。   「、あ、はやく、……ッ……」  全身の肌が色香を帯びるように、肌の裏に赤みを沿わせてきているのは、けしてわざとではないのだろう。解けて乱れた前髪の隙間からのぞく額には、じわりと汗の粒が滲み出ている。  細いひと束の髪を掬い上げて、耳元に流す。そうして瞼に触れると、彼の唇に自分のそれを重ねた。歯列を割り、舌先を絡める。彼はそれに応えてきて、肩が小さく震えた。 「ん……、ぅ」  温い包み込むようなぬくもりを湛えていた肌が、次第に熱く、温度を上げていくのが触れて撫でる手のひらから伝わった。浮いたしっかりとした腰骨を指の腹で辿り、そうして腰を抱えあげるようにして腿を掴んで、脚を大きく広げさせた。締まって硬い彼の内腿の肌はこの時に限っては弾力を持って緩み、ぴったりと指先に貼り付くような湿り気を帯びている。顕になって、長く弄られて赤く腫れたようになったその場所へ自分の熱をあてがった。ぬるりとした先走りを塗りつけるようにして周りの皮膚を一周させるように触れる。もどかしげに彼が眉を寄せ、薄くなった視界をどうにか捉えるかのように、こちらを見上げてくるのが分かった。  シーツを掴んでいた指先が腿を抱える腕に添えられる。切りそろえられていた爪の先が皮膚にわずかに食い込む。小さく痺れるような痛みが伝わったが、構わないと思った。 「ぁ……、いれ、……ッ……」  早くこのもどかしい時間を終わらせて欲しいと、いれてくれと縋るように腕を掴んで指先に力がこもる。そうしてうっすらと瞼を押し上げて天井を仰ぐ彼に囁く。

「名前を」 「、……ッなま、え」 「名前を、呼んでください」

――――私の名前を、呼んで欲しい。

ひくつく陰部になおも焦らすかのように濡れた熱を擦り付けると、ぶるりと彼の全身が震える。眉が深く顰められて、はぁ、と彼は熱い息をひとつ吐いた。しどけなく開いた脚をそのままに、肘の辺りをなぞるように肩口まで上った指先が、肩甲骨を撫でて、首筋に一瞬絡まる。 「あ、……ッ……、た」 「新波さん」 「りょう、た」

――――竜太。

放つことを許されたように、その衝動のままに、一気に熱を入れて、貫いた。 「ひっ、……あ、ぅっ」  入り込んだ熱の体積に、彼が喉をのけぞらせる。しなやかな曲線を描くようにして、彼の背が反った。膨張した熱を受け入れようと、ぎゅうと粘膜がそれを締め付けてくる。彼のことを思うなら、ゆっくりと慣らしながら徐々に進み分け入るのがおそらく良いのだろうが、そんな気遣いさえも彼方へ吹き去ってしまうほどに彼の中は熱く蕩けていた。 「あ、アッ、ぁあ……っ」  ぎしぎしと擦れ合って響くベッドの音と、粘膜が絡み合う生温い水音と、そうして彼の嬌声が重なり合って耳元を揺さぶる。柔く慈しむような遠慮がちな心は残ってはいたが、それも沸騰するような彼の熱量の前にはあっけなく消し去られていくようだった。 「う、ァッ、りょう、りょうた」 「悦いですか、新波さん」 「はぁ、あ、いい、から……、ぁ」  一体になったかのように溶け合う温度に、脳内もかき乱されそうになっていた。ゆらゆらと揺れる彼の熱は硬く立ち上がったままだ。今にも零れ落ちそうにだらしなく雫を垂らして、更に心地よさを貪ろうとそそり立つ。自分の熱を根元まで押し込んで激しく律動しながら、その彼の熱に再び熱を這わせた。裏の筋をなぞり、柔くきつく緩急を加えながら揉みしだくと、たまらないと言うように、繋がった部分がぎゅうぎゅうとこちらの熱を絞り上げてくる。 「あ、はッ……、あ、ああ、アッ……ん、んう」  もう、だめ。そう掠れた、聞き取れないほどの声で、彼はそう呟いた。ぞわりと耳を撫でるようなその声に腰元から頭の先まで、電流のような刺激が走り駆け上る。腰を掴む手の力を強くした。彼の身体に覆いかぶさって、深く口づけた。 「ん、ぅうっ……」  混じり合った唾液が彼の顎を伝う。それを舐め取って、飲み込む。腰の動きは止めずに、硬く精を吐き出すのを待つばかりのその熱に触れていた手を外して、頬に添えた。肩に乗っていた彼の手が、その指先にそっと絡んで来る。 「あ、りょうた、よんでくれ」 「……」  何をかは尋ね返さずとも分かる。けれどもう一度その声を聴きたくて。あえて黙り込んだ自分に、もう一度懇願するように、指先に力を入れながら切れ切れの呼吸を繋ぐように、彼は言った。

「なまえ、…………よんで……」

どうしようもない愛おしさに胸が潰されそうに痛んだ。熱くなった目尻はけしてそれ以上のものを零すまいと、寸前で留まって、小さく震える。  しても仕方のないその意地を受け取って代わりにそうするかのように、彼の目から涙が零れた。一筋、細い川のように頬に流れを作るそれを、唇だけで拭い取った。

「――…………歳也さん」

何かが弾けたように、視界は白くなる。溶け合う温度だけが、そこにある生きる感触のようにも思えた。

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